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2012年1月8日

2012.01.08

ボーカルレッスンと音の記憶

月2回でもう二年も通っているジャズボーカルレッスン。Billie's Bounce、Walkin'、Oleoなどスキャットの課題曲が多く大変で、定まったメロディのないところは未だに腰砕けな歌いっぷりです。でも自由課題の方は好き放題に歌わせてくれるので、せっかくだから好きなアニソンを英語版で歌わせてもらっています。炎のさだめ→Join The Party Scene、炎のたからもの→Treasure Of Time、炎の転校生→…これはない(^^; そしてMIOさんの 忘れ草→Why。Whyはいつかご本人にも聴いて頂きたいという野望があります。

ジャズスタンダードについては先日から難曲Four Brothersに挑んでおります。ものすごい密度の英語歌詞で、約30年前から聴き続けている曲にもかかわらずさっぱり頭に入りません。とにかく速過ぎて、聴きながら歌詞を追いかけることもままならないため、音程を変えず曲のスピードを落とすフリーウェアを使って音と歌詞を照らし合わせる日々です。

そんな中、先生に「歌っている時、何を頼りに歌詞やメロディを思い出しているか」と非常にプライマリーな質問を受け、考え込んでしまいました。先生は、歌を覚える時に眺めていた楽譜のイメージが鮮明に浮かんでくるとのこと。それこそコピーの隅のシミひとつまで見えるんだそうです。が、自分にはそんなこと一切ありません。まず楽譜が読めないので、メロディーは曲を聴き込む事で刷り込むしかないわけで。歌詞を覚えるのに歌詞カードは頼りにしますが、文字そのものが頭に浮かぶこともなく。

問われて考え、メロディーも歌も含め”音を丸覚え”しているとしか答えようがないという結論に至りました。楽譜はおろか、歌詞の文字や共感覚の如く色が見えたりといった視覚イメージは一切なし、ただ曲を聴いた時に浮んだ感情だけは、メロディーが進むごとに経時的に浮んでくるのですよ。これは普通じゃないのだろうか・・・

覚えている音は圧倒的にオリジナル音源のそれですが、歌い込んだ十八番の曲なら自分の歌声で覚えているものも多々あり。必ず一曲丸覚えなので、途中から脳内再生は結構難しかったりします。そのかわり、一度始まったら途切れることもなく最後まで(たぶん)正確に想起できます。頭に直接イヤホンをジャックインできたらミュージックプレイヤー要らない状態(笑)頭の中で曲が勝手に廻り困ったことは誰しもあるんではないでしょうか?その状態に近いかも知れません。

そんな音の記憶の細部を、譜面や歌詞カードで補完して初めて正確に歌えるようになるんだろうと思っています。その点、前述のFour Brothersはまだまだこれから。覚えたら次は英語の発音をどうカッコよく省略するか。全ての音を口にするのはとてもムリなので、ここは自分の耳コピーが頼りです。2月の発表会には間に合いそうにありませんが、1年計画でがんばらせていただきます。

そんなことを考えつつ、文字や映像というのは音の持つ奔放なイメージを具現化・固定化し過ぎていかんよなあ、と別のことも思ったりしました。世の中には言葉で言い表せない事象や感情がたくさんあります。言葉って不自由ですよね。

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